セルゲイ・ヴォロノフのユーロ直前インタがSovsportに掲載されました。なお、コフトゥンはインタビューを断ったみたいです。
バンクーバーの出来事については、私はその後にスケートファンになったのでよく知らないのですが、ヴォロノフさんは今年かなり調子が良く、私の中では安定性という意味でコフトゥンより上だったんですよね。
今は、オリンピック議論の外にいるみたいになってますが、ユーロで良い成績を出せば大波乱があるかも知れないと思っています。
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セルゲイ・ヴォロノフ:コフトゥンとプルシェンコのどっちがオリンピックに出ようと関係ない
http://www.sovsport.md/gazeta/article-item/675470(リンク切れ)
(セリョージャ、ソチへの男子の空席は1つだけですが、闘いの気運をどのように盛り上げていますか?)
うん、みんなが今大好きな質問だね…ユーロはユーロだと私は言っている。私にとって重要なのは、一歩一歩前に進み、その先に何があるのかは考えないことだ。今、私はユーロにいるのであって、自分には、いかにより良い演技をするのかというのが課題だ。その後がオリンピックか、ワールドかなんて、どうして考える必要がある?自分の仕事をすること、その仕事を素晴らしくこなすことだ。
(トゥトベリゼコーチへの移籍によってまず何が得られましたか?)
変化については、素人目にもわかると思う。すごくポジティブなものだ。内面の感覚については、それ以上に前向きだ。今まで私ができなかったこと、以前のコーチにもできなかったことを、エテリはやってのけた。コーチとしても、人としても、彼女にとても感謝している。彼女のところで、他の人のところではうまくいかなかったこともうまくいくようになった。
(ニコライ・モロゾフも含めてですか?)
モロゾフに特段のアクセントは置かないが、誰のところでもうまく行かなかったんだよ。それがエテリのところではできたんだ。
(何ができるよになったのですか?)
私は…というよりも、エテリと練習している私たちのチームが、ステレオタイプを壊すことができた。私は練習では何もできないといったような。そして、自分への信頼を取り戻した。最初はもちろんきつかったし、何もできないんじゃないかと思っていた。でもエテリのおかげでまずその考えを超えることができた。今シーズンがその証拠だ。
(ヴォロノフは終わっていないという証拠ですか?)
どうやったら私が「終わる」ことができるのか?まだ26歳だ。周りを見回すと、どれだけ年上がいるのか…。例えば、全米選手権を制したジェレミー・アボット。彼は歓びのうちに滑っているが、もう29歳だ。それで彼が「終わる」なんて根拠になるか?誰が何歳かなんて、まったく浅はかな判断だ。自分がどう感じているかが重要。私は素晴らしい気分だし、まだあまり多くのことに到達はできていなかったけど、エテリとともにそれができればと思う。
(エテリ・トゥトベリゼのところでは、あなたの他にも先頭に立っているユリヤ・リプニツカヤがいますね。あなたに対するコーチの注意が足りないといったような要求はありませんか?)
ユーリャだけじゃない!ジュニアグランプリやロシア選手権にも出たアジヤン・ピトケーエフもいるし、ジェーニャ・メドヴェジェワもいる。彼らはジュニアではトップに入っているし、ジュニア・ワールドに出ると確信している。でもエテリは私たちのあいだで引き裂かれるようなことはない。強調しているけど、1つのチームとして動いているんだ。ヴォロノフがいて、リプニツカヤがいて、あとは残りだ、といったようなことはない。それぞれが自分の課題を練習していて、エテリか、ドゥダコフか、アドニエフかが助けていて、「ほら、トゥトベリゼもドゥダコフもアドニエフも私のことを見てくれていて、他の人は見ていない」なんて愚かな嫉妬などというものは必要ない。チームにはそんなことはない。誰か1人の関心を得ようと争うことはない。1人1人の練習が競技会のように行われる。私がリンクに立ち、アジヤンも出てくると、2人の間では常に競争だ。アジヤンは私に遅れを取りたいと思っていないし、私もアジヤンがうまくいくようにと思っている。アジヤンがアドバイスを求めるときは、いつも助けてやっている。
(自分がロシアだけでなく、世界でも数少ないスケーターとなるためには何をすべきか、目標を立てていますか?コフトゥンのように、フリーで3回の4回転ジャンプを入れるとか。)
「やるべきことをやれば、そうなる」と考えている。
(古代から私たちみな知っていることですが)
具体的なことを言うならば、おそらく、演技をできるだけ安定させることだと思う。多くの人が悩んでいることだが、難しいプログラムを滑ってしかもミスしない、ということについて悩まないことだ。とても簡単に言うけれども、私が言っていることはスケーター皆わかっていると思う。そのことが実際はどんなに難しいことか。全ては私たちの手の中にあるけれども、私を含めてスケーター全員がちょっとだけ運に恵まれるというのも必要だ。そうなれば、その質問に行動で答えることができる。
(最近はどこでも、プルシェンコかコフトゥンのどちらがオリンピックに行くべきかというのを議論しています。その議論に参加しませんか?)
片方の「プラスとマイナス」について多くを語って、他方についても語るというのは難しいテーマだ。よりふさわしい人が行くべきだが。コフトゥンがロシア選手権につづきユーロでも優勝すれば、議論の根拠が大きくなる。でも、正直に言うと、心の奥底では関心はない。私が誰かと対決しているのであれば、答えることもできるのだが。
(それならなんと答えますか?)
もちろん自分が行くと言う。
(ブラボー!やっと見せかけのポーズや謝意だけじゃなく、自身のエゴについて認めましたね)
なぜ隠す必要がある?個人競技なんだから、皆エゴイストだ。私は常に私側だし、誰かの側に立つ必要があるんだ?本当に、誰がオリンピックに出ようと同じだ。
(かつてあなたは同じような状況で、オリンピックに出られなかった余りになってしまいました。ニコライ・モロゾフは、バンクーバーでの精神的トラウマから回復するのに1年半かかったと言っていましたが)
今ならいうことができる。あの出来事は私を強くしただけだ。あのときは、悲劇が起こって、その先なにをすべきか、どこに行くべきかまったくわからなかった。でも今は4年が経ち、私より好まれたボロドゥリンはどこにいる?終わってしまった。私は?ここにいる。ユーロに向けて準備している。選手を続けている。続けているだけでなく、ロシア選手権では毎年争いが、残酷な争いが行われている。その争いで、3位に入れなかったのは1度だけ、1度だけ4位になった。誰が誰であるかは、時間が立てばわかる。人生は、私たち全員に試練を与える。壊れる人もいれば、生き残って前に進む人もいる。
ラスカゾワ・I
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