2013/12/8付の、GPF後のラジオノワとリプニツカヤのインタビューです。
GPF女子シングルで素晴らしい演技を魅せてくれたロシアの4人娘のうちラジオノワとリプニツカヤのインタを抄訳してみました。あとの2人はもうすでに翻訳された方がいらっしゃったので…。
それにしても、2人ともすごい真摯かつ謙虚に取り組んでいるというのがよく分かるインタビューでした。ラジオノワ、浅田ともっとお話したかったみたいですね。言ってくれればその場に馳せ参じたのに…w
* * *
グランプリファイナルやシリーズに出ている人の多くは、オリンピックを目指している。私はそんな大会の本物の雰囲気を味わうことができた。その中に入られたことが嬉しい。ここにいる人達は、多くのことを経験してきた。涙、喜び、怪我…。その中にいることが、私にとっては非常面白くて、私もそれを目指したいと思った。私にとっては名誉なこと。
グランプリシリーズとファイナルでは浅田真央さんとずっと一緒で慣れたし、アシュリー・ワグナーさんとも一緒に滑れた。でも交流することは、残念だけどできなかった。私には言葉の壁があって、英語がよくわからないから、自由に彼女たちと喋れない。
彼女たちに対する恐れというのは全くなかった。もっと経験があって、フィギュアスケートの長い道を歩んできたこと、そして私もその道を通らなくては行けないことはわかる。すぐにみんなを抜かせるなんて思ったことはないし、そう思うのは愚かなこと。そのレベルに落ち着いて上っていかなかければ。
* * *
(今回のスケーティングでは、どのジャンプも「引き出さ」ないといけなかったようですが、何故でしょうか?)
今日、私は実際にジャンプと戦わなければならなかった。スケートカナダと比べると、そこに行った時には何も考えてなかった。でも今は努力している。うまくいかないというわけではない。でもどのエレメントもコントロールしないといけない。
(何故でしょうか?)
見せないように努力したけれども、結局緊張というのはあった。またうまくいかないんじゃないかって思った。モスクワ大会のフリーで起こったことは私にとって思いがけないことだった。だから、また急にそうなってしまうんじゃないかって思いがこみ上げてた。努力する必要があった。いずれにせよ、できること全てやったと思う。
(ファイナルでのフリーは、カナダよりは良くなかったけど、モスクワよりは良かった、ということでいいでしょうか?)
ええ。あと、日本のジャッジというのがある。日本のジャッジはより公平だと思った。誰にも甘やかしはしていない。
(モスクワ大会でのフリーの失敗は、スタート前のファンの叫び声で調子が狂ったからだと言われていますが、どう思いますか?)
もちろん、予期していなかったものだった。プログラムのはじめにポーズをとって、そこでその叫び声。何て叫んでいたかすらわからなかったけどあとで説明された。「ユーリャ、そこで「神がともに」と叫んでたようですよ、もともと応援するためのものですね」。でも、正直に言うと、モスクワで失敗したのはそのせいじゃない。その日は起きた時からうまく行っていなかった。全部うまく行かなかった。いつもどおりみたいだったけど、そうじゃなかった。
(ファンに伝えることができるなら、もう叫ばないでと頼みたいですか?)
いえ、それが悪いことだとは言わない。そんなことはいつどこで、大会が重要でも重要でなくても起こることだから、それで調子が狂うようではいけない。実際、モスクワの大会ではとても大きな経験をした。大会後1週間してから、連盟から人がきて、ヴァレンチン・ニコラエヴィチ・ピセーエフは、私がリンクに出てから特別に叫んでくれたの。私がそれに立ち向かえるように。でもそのときは良い滑りができた。
(モスクワの時とは違うユーリャ・リプニツカヤを見ていると言っていいですか?)
1週間しか経っていない。でも私の中では多くのことが変わった。モスクワの大会では、私は戦っていたとはいえない。プログラムの最初がうまく行かなく鳴ってから、何かがおかしくなった。ここでは、怖かったとは言わないけど、でも緊張か、できることを全部やらないとという重いからか何かが抜けてしまって。でも私は戦った。エテリ・ゲオルギエヴナ(トゥトベリゼ)コーチは「ユーリャ、よくやった!」ってすぐに言ってくれた。
(グランプリ・ファイナルでの課題はできたということ?)
課題なんてなかった。自分のために頑張っただけ。モスクワでのフリーからリハビリするという課題を自分に立てていた。私は戦えるし、戦わなくてはならないということを知るために。
オリガ・エルモリナ
GPF女子シングルで素晴らしい演技を魅せてくれたロシアの4人娘のうちラジオノワとリプニツカヤのインタを抄訳してみました。あとの2人はもうすでに翻訳された方がいらっしゃったので…。
それにしても、2人ともすごい真摯かつ謙虚に取り組んでいるというのがよく分かるインタビューでした。ラジオノワ、浅田ともっとお話したかったみたいですね。言ってくれればその場に馳せ参じたのに…w
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ラジオノワ、女子シングルのエリートの中で喜びを得る
http://rsport.ru/figure_skating/20131207/706278244.html(リンク切れ)グランプリファイナルやシリーズに出ている人の多くは、オリンピックを目指している。私はそんな大会の本物の雰囲気を味わうことができた。その中に入られたことが嬉しい。ここにいる人達は、多くのことを経験してきた。涙、喜び、怪我…。その中にいることが、私にとっては非常面白くて、私もそれを目指したいと思った。私にとっては名誉なこと。
グランプリシリーズとファイナルでは浅田真央さんとずっと一緒で慣れたし、アシュリー・ワグナーさんとも一緒に滑れた。でも交流することは、残念だけどできなかった。私には言葉の壁があって、英語がよくわからないから、自由に彼女たちと喋れない。
彼女たちに対する恐れというのは全くなかった。もっと経験があって、フィギュアスケートの長い道を歩んできたこと、そして私もその道を通らなくては行けないことはわかる。すぐにみんなを抜かせるなんて思ったことはないし、そう思うのは愚かなこと。そのレベルに落ち着いて上っていかなかければ。
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ユリヤ・リプニツカヤ「私は戦えるし、戦わないと」
http://fsrussia.ru/news/974_yuliya-lipnickaya-ya-mogu-borotsya-i-dolzhna/(リンク切れ)(今回のスケーティングでは、どのジャンプも「引き出さ」ないといけなかったようですが、何故でしょうか?)
今日、私は実際にジャンプと戦わなければならなかった。スケートカナダと比べると、そこに行った時には何も考えてなかった。でも今は努力している。うまくいかないというわけではない。でもどのエレメントもコントロールしないといけない。
(何故でしょうか?)
見せないように努力したけれども、結局緊張というのはあった。またうまくいかないんじゃないかって思った。モスクワ大会のフリーで起こったことは私にとって思いがけないことだった。だから、また急にそうなってしまうんじゃないかって思いがこみ上げてた。努力する必要があった。いずれにせよ、できること全てやったと思う。
(ファイナルでのフリーは、カナダよりは良くなかったけど、モスクワよりは良かった、ということでいいでしょうか?)
ええ。あと、日本のジャッジというのがある。日本のジャッジはより公平だと思った。誰にも甘やかしはしていない。
(モスクワ大会でのフリーの失敗は、スタート前のファンの叫び声で調子が狂ったからだと言われていますが、どう思いますか?)
もちろん、予期していなかったものだった。プログラムのはじめにポーズをとって、そこでその叫び声。何て叫んでいたかすらわからなかったけどあとで説明された。「ユーリャ、そこで「神がともに」と叫んでたようですよ、もともと応援するためのものですね」。でも、正直に言うと、モスクワで失敗したのはそのせいじゃない。その日は起きた時からうまく行っていなかった。全部うまく行かなかった。いつもどおりみたいだったけど、そうじゃなかった。
(ファンに伝えることができるなら、もう叫ばないでと頼みたいですか?)
いえ、それが悪いことだとは言わない。そんなことはいつどこで、大会が重要でも重要でなくても起こることだから、それで調子が狂うようではいけない。実際、モスクワの大会ではとても大きな経験をした。大会後1週間してから、連盟から人がきて、ヴァレンチン・ニコラエヴィチ・ピセーエフは、私がリンクに出てから特別に叫んでくれたの。私がそれに立ち向かえるように。でもそのときは良い滑りができた。
(モスクワの時とは違うユーリャ・リプニツカヤを見ていると言っていいですか?)
1週間しか経っていない。でも私の中では多くのことが変わった。モスクワの大会では、私は戦っていたとはいえない。プログラムの最初がうまく行かなく鳴ってから、何かがおかしくなった。ここでは、怖かったとは言わないけど、でも緊張か、できることを全部やらないとという重いからか何かが抜けてしまって。でも私は戦った。エテリ・ゲオルギエヴナ(トゥトベリゼ)コーチは「ユーリャ、よくやった!」ってすぐに言ってくれた。
(グランプリ・ファイナルでの課題はできたということ?)
課題なんてなかった。自分のために頑張っただけ。モスクワでのフリーからリハビリするという課題を自分に立てていた。私は戦えるし、戦わなくてはならないということを知るために。
オリガ・エルモリナ
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