ラトビアのリガで行われたボルボ・オープン・カップで復帰第一戦とは思えない点数で優勝したジェーニャことエヴゲニー・プルシェンコですが、コムソモリスカヤ・プラウダという大衆紙にインタビューをしていました。
いろいろな意味で衝撃だったフリーのプログラムですが、今後手直しがあってもっと熟れたものになるでしょう。それまでは過去のプロの振り返りでもしておきます。
4回転の回数は問題ではない、という発言ですが、4回転を入れることは当然の前提というベースでの発言。バンクーバーのころとは状況が一転しましたね。
それから、ジェーニャ自伝は非常に楽しみです。ロシア語原典で読んでみたいと思います。日本語翻訳出版にも何らかの形で関わりたいですが、出版社の皆様、翻訳出版のご予定はいかがでしょうか。
イネッサ・ラスカゾワ
コムソモリスカヤ・プラウダ
リガでのプルシェンコの更衣室は花でいっぱいだった。花束がベンチの上にも下にも置かれている。ボルボ・オープン・カップをPB、今シーズン世界第3位(263.25)の記録で優勝したエヴゲニーは、とても疲れたように見えた。水を沢山飲んでいて頻繁に席をしている。風邪を引いたのだ。
警備員が入ってきて言った。「廊下に女の子が立っていてサインを欲しがっていますが、良いですか?」
「入れてください!でも全員いっぺんにじゃなくて、2人ずつで」エヴゲニーは喜んで応じた。
「お前、50人はいたけど知ってるのか?」コーチのアレクセイ・ミーシンがなんとか警告しようとする。
「問題ないよ、アレクセイ・ニコラエヴィチ(ミーシン)、なんとかするから・・・」
やっとファンたちの流れが尽きたところで、私達は更衣室の奥の隅に座った。
(ジェーニャ、椎間板の難しい手術後やっとリンクに戻ったけど、4回転をするのに恐怖は全くなかったの?その1回1回が、もしかしたら最後になってしまうかもしれないのに。)
そのことは考えないようにしてる。そんな考えをちょっとでも許したら、まったく結果を出せないことになる。ところで、毎日起こっていることについて今本を書いているんだ。僕に降りかかった試練について。そのこと全てを詳細に語ることが必要だと思った。インタビューでは全ては伝えきれない。4回目のオリンピックに向けて準備すること、僕の復帰の背景には何があったのか、みんなが知るべきだと思っている。他のスケーターや、もしかすると今僕がしていることをやろうとどこかで決意した人にも知っておいて欲しい。僕がこの本を書いているのは、その人物が、自分にいったいなにが待ち受けているのかを理解して欲しいということもある。
本はオリンピックの後に出るから、そのときには全部読んでもらえる。その時より前には詳細について明かしたくはない。今のところ言えるのは、ためらいというのはもちろんある。毎日、練習でも大会でも僕の前に立ちはだかる困難というものもある。そういったものを正しく克服することだけが必要とされる。絶望せず、前に進むことだ。
(あなたのお母さんが演技を見るのをやめたというのは本当?)
母はもうずっと前に僕のジャンプを観るのはやめていて、椎間板の手術とは関係ない。母は「それを観る」ことが決してできないんだ(笑)。僕の演技は全部DVDに録画されていて、母が結果を知ってその結果が良い時だけ、「プレイ」ボタンを押すのさ。
(ボルボ・オープン・カップのショート・プログラムでは4回転を跳ばなかったけど、フリーでは跳んだ。ソチ前に切り札を公開することは急いでないということ?)
ええ、今4回転を追いかけて、できるだけ多くの4回転を入れなくてはいけないとは思っていない。逆に、4回転は1度だけ、僕の好きなトウループだけでも良くて、その代わりその周りのプログラムはこんな風にしなくてはいけない。音楽も、動作も、内容も、一息で見られ滑れるような。本物のオリンピック・プログラムあるいは芸術作品と見られるような。美しい、本質的な、完成した印象を残すような。正しくアクセントが置かれ、素晴らしいスピンとステップ・シーケンスのあるプログラムに。
もしかすると、オリンピックでは4回転を5回入れる人もいるかもしれないし、4回の人も、3回の人もいるだろう。それぞれが自分のために決めればいい。現代のフィギュアスケートでは、ジャンプは以前ほどの意味を持っていない。カリスマ、芸術性、その他僕がさっき挙げたものが、今一番大切だ。これが、僕が目指すものであり、それに向けて練習している形だ。
いろいろな意味で衝撃だったフリーのプログラムですが、今後手直しがあってもっと熟れたものになるでしょう。それまでは過去のプロの振り返りでもしておきます。
4回転の回数は問題ではない、という発言ですが、4回転を入れることは当然の前提というベースでの発言。バンクーバーのころとは状況が一転しましたね。
それから、ジェーニャ自伝は非常に楽しみです。ロシア語原典で読んでみたいと思います。日本語翻訳出版にも何らかの形で関わりたいですが、出版社の皆様、翻訳出版のご予定はいかがでしょうか。
エヴゲニー・プルシェンコ:「母は僕のジャンプを観るのをやめた・・・」
http://www.kp.ru/daily/26157.7/3044886/イネッサ・ラスカゾワ
コムソモリスカヤ・プラウダ
リガでのプルシェンコの更衣室は花でいっぱいだった。花束がベンチの上にも下にも置かれている。ボルボ・オープン・カップをPB、今シーズン世界第3位(263.25)の記録で優勝したエヴゲニーは、とても疲れたように見えた。水を沢山飲んでいて頻繁に席をしている。風邪を引いたのだ。
警備員が入ってきて言った。「廊下に女の子が立っていてサインを欲しがっていますが、良いですか?」
「入れてください!でも全員いっぺんにじゃなくて、2人ずつで」エヴゲニーは喜んで応じた。
「お前、50人はいたけど知ってるのか?」コーチのアレクセイ・ミーシンがなんとか警告しようとする。
「問題ないよ、アレクセイ・ニコラエヴィチ(ミーシン)、なんとかするから・・・」
やっとファンたちの流れが尽きたところで、私達は更衣室の奥の隅に座った。
(ジェーニャ、椎間板の難しい手術後やっとリンクに戻ったけど、4回転をするのに恐怖は全くなかったの?その1回1回が、もしかしたら最後になってしまうかもしれないのに。)
そのことは考えないようにしてる。そんな考えをちょっとでも許したら、まったく結果を出せないことになる。ところで、毎日起こっていることについて今本を書いているんだ。僕に降りかかった試練について。そのこと全てを詳細に語ることが必要だと思った。インタビューでは全ては伝えきれない。4回目のオリンピックに向けて準備すること、僕の復帰の背景には何があったのか、みんなが知るべきだと思っている。他のスケーターや、もしかすると今僕がしていることをやろうとどこかで決意した人にも知っておいて欲しい。僕がこの本を書いているのは、その人物が、自分にいったいなにが待ち受けているのかを理解して欲しいということもある。
本はオリンピックの後に出るから、そのときには全部読んでもらえる。その時より前には詳細について明かしたくはない。今のところ言えるのは、ためらいというのはもちろんある。毎日、練習でも大会でも僕の前に立ちはだかる困難というものもある。そういったものを正しく克服することだけが必要とされる。絶望せず、前に進むことだ。
(あなたのお母さんが演技を見るのをやめたというのは本当?)
母はもうずっと前に僕のジャンプを観るのはやめていて、椎間板の手術とは関係ない。母は「それを観る」ことが決してできないんだ(笑)。僕の演技は全部DVDに録画されていて、母が結果を知ってその結果が良い時だけ、「プレイ」ボタンを押すのさ。
(ボルボ・オープン・カップのショート・プログラムでは4回転を跳ばなかったけど、フリーでは跳んだ。ソチ前に切り札を公開することは急いでないということ?)
ええ、今4回転を追いかけて、できるだけ多くの4回転を入れなくてはいけないとは思っていない。逆に、4回転は1度だけ、僕の好きなトウループだけでも良くて、その代わりその周りのプログラムはこんな風にしなくてはいけない。音楽も、動作も、内容も、一息で見られ滑れるような。本物のオリンピック・プログラムあるいは芸術作品と見られるような。美しい、本質的な、完成した印象を残すような。正しくアクセントが置かれ、素晴らしいスピンとステップ・シーケンスのあるプログラムに。
もしかすると、オリンピックでは4回転を5回入れる人もいるかもしれないし、4回の人も、3回の人もいるだろう。それぞれが自分のために決めればいい。現代のフィギュアスケートでは、ジャンプは以前ほどの意味を持っていない。カリスマ、芸術性、その他僕がさっき挙げたものが、今一番大切だ。これが、僕が目指すものであり、それに向けて練習している形だ。
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