23歳で引退を表明したマクシム・コフトゥンのロングインタビューがR-Sportに掲載されていましたので、前後編に分けて紹介します。ブログ記事上のタイトルは管理人がつけています。
自分も怪我が多かったからか、羽生の怪我を心配しているのが伝わってきます。
(前)引退の理由/羽生と4A ← この記事
(後)これからの人生
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マクシム・コフトゥン:別な人生への一歩を恐れる人もいるが、自分はその用意ができている。
エレーナ・ヴァイツェホフスカヤ / R-Sport / 2019/04/23
檻の中の修道士
(昨年9月、こんなに良いコンディションになったのはこれまでになかったと、自分の年齢ではまだ長年滑ることができると、あなたは私におっしゃいました。そして、突然こんな急展開。引退の決定にはどんな長い道のりを歩いてきたのでしょうか。)
自分にとっては難しい質問です。それは、長い道のりとか、長いこと悩んだというものがなかったという意味です。ただ急に、自分のスケーター人生とはなんなのか、それがどこに向かっているのかが、とてもはっきりとわかったのです。1年前にフィギュアスケートをやめることはできませんでした。そんなことは考えもしませんでした。というのは、以前のレベルに戻ることができなければ、自己実現ができなかったという思いで身が焼かれるとわかっていたからです。いまは、自分はフィギュアスケーターとしてできることをすべて、能力がある限りのすべてのことをやり遂げたという、はっきりとした感覚があります。今シーズンの人生の一分一分すべてを、結果のためでだけに尽くしました。ロシア選手権や欧州選手権も含め今シーズンずっと、あたかも檻の中の修道士のように行きてきました。練習に専念し、自分にどんな甘やかしもしませんでした。どんなものも。こういったことはすべて、結果のため、一番になるため、常に頂上にいるため、エリートであるためでした。
もちろん同時に、身体がとても深刻に制限されているということも理解していました。腰やたくさんのヘルニアと膨隆は、もう一生ものであり、腰を機能させつづけるためにできる唯一のことは、常に動かしてほぐすことと、極めて注意深く観察することだけです。しかし、筋肉を鍛えれば鍛えるほど、世界のトップの地位を安定して占めるには、自分の身体のポテンシャルでは不十分であることがますますわかるようになってきました。表彰台に上ることについては言うまでもないでしょう。
(その意識に達したのはいつのことでしょうか。)
欧州選手権のあと、ユニバーシアードの準備を始めたときです。まさにその時、腰が強く痛みました。コーチ(エレーナ・ブヤノワ)と一緒に、プログラムのコンテンツをかなり軽くしましたが、よくなりませんでした。そこで、こう考え始めたのです。「オリンピックのサイクルは始まったばかりで、次のオリンピックまで3年あるけれど、それは期間として長過ぎる。そう、たぶん練習を続けられるかもしれないけれど、なんのために?順位表の真ん中あたりでおしゃべりするため?たぶん、自分にそれを許せるような人ではない。」
(欧州選手権での失敗で、正直に言うと、あなたの大きな問題は身体の状態というよりも、強い緊張に耐えきれない神経系にあるのではないかと思いました。あなたは創造的な人で、フィギュアスケートでは大きな助けとなるものですが、創造的な人は精神的に傷つきやすいものです。)
とはいえ、良い演技もありました。自分をかなりうまくコントロールできた演技もありました。隠しはしませんが、必ずしも簡単だったわけではありませんが。それに、欧州選手権にも良い準備ができていて、ロシア選手権よりもかなり良いくらいでした。しかし、大会当日にあったのは、身体全体がセメントでいっぱいになったような感覚だけでした。それには何もできません。
(欧州選手権で諦めを思ったのですか?)
ある瞬間は、そうでした。しかしその状況からはかなり迅速に脱しました。長い期間ではなかったですがエカテリンブルクの実家に戻って、その後モスクワに戻り、世界選手権への準備を続けていました。ユニバーシアードは単にその準備の一環でしかなかったはずでした。ただ、その後に本当に深刻な問題が始まったのです。自分で靴紐も結べないようなとき、どんな練習ができるというのでしょうか?
(世界選手権はご覧になりましたか?)
ええ、もちろん。
(一番強く印象に残ったのは。)
羽生結弦です。彼がチェンに負けたことは知ったことではありません。ネイサンも言うまでもなくものすごくクールですが、全体としてはそんなに強い印象ではありませんでした。同時に、羽生が事実上伸びていく場所がもうないと理解するのは少し悲しいことでした。彼がプログラムの難度を上げようとすると、怪我のリスクやミスのリスクが大きすぎるようです。
(ところで、男子がそろそろクワドアクセルを跳び始めようとしていることについてはどうお考えですか?)
1つのプログラムで、アクセルを除いたすべての4回転ジャンプを跳ぶのは最近まで非現実的だと考えられていましたが、チェンはそれをやり遂げた、ということを時々思います。男子がクワドアクセルを跳び始めたら、それはほとんど5回転トウループやサルコウと同じことです。つまり、こういったジャンプも遠いものではないということです。一方で、私たちの競技が、倒された者が八つ裂きにされるような剣闘士になってもいけません。いずれにせよ、どんな大会の主催者も、羽生がクワドアクセルで死地に向かうのを見るのではなく、羽生が滑るのを見るほうを好むでしょう。
(続く)
(続く)
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